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 片田舎無鉄砲医学生6年、さーの日記とか載ってます。
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どうもこんばんわ手帳買ったぜ私です。
ブログ移転したわりには前のやつがまだ生きてやがる…
だったら変える必要なかったんじゃないか!?

なんかこれ読むのすごく時間かかった…
 


人は死んではならない 小松美彦

心臓移植の子を応援する旨の記事を書いたときに某友人から紹介された先生の本。
それなりにれびゅってみますが何か思うところがあれば
彼が修正にきてくれるでしょうw

しかしねむい!
中身も深いし多いしどぎゃーなので前編ってことにする!


しっかし衝撃的な題名。年明けにこれ読んでた私って。
「死んではならない」って。いや死ぬし。
前著作の「死は共鳴する」ってのが根底にあってのこの本ですし
発刊も2002年とまあちっとばかし古いので
順番やらなんやら、間違えたものが多いかも。でも気にしない。

まず、小松先生は理学系の方で、科学史・生命倫理学の教授。
対談のお相手は、
内科医、精神科医、法学部出身評論家、社会学者、作家、哲学者、宗教学者。
なんというてんこもり。
小松先生は、とにかく臓器移植反対派。
あと、論じ方は理系っぽいのですが、考えてらっしゃるのはどうも
哲学的というかイメージしにくいというか。
原因は、死について話しているというのと、
この本で喋る人も私も死んだことがないっていうことw
そりゃそうだ、わかるわけねーやみたいなテンションで読んでました。
なので読み間違えあるかも。てかしんどかった。
何故か平均点どん底の年のセンターの評論文思い出した。
実際お話聞けばもっとわかるのかしら。

臓器移植を考えると、死の線引きの問題になり、
死の問題になると、老人や障害者の問題になり、
優生学、出生前診断やら死刑問題にまでどんどん飛び火して…と、
わかってたはずなのに、さらに深いこの問題に驚かされる。

なるほどなーと思ったのが結構あったんですが、
まずひとつは「自己決定権」。
今、日本の臓器移植のスタンスは、
「普通は心臓止まったら死ぬってことになってるけど、
 移植するんだったら脳死したら死んだってことにしますね」
ということらしい。変わってたらすいません。
てなわけで、今、「死」には2種類あるわけで
それをどっちか選べる、つまりその人には「決定権」が生まれる。

この自己決定の話には、「尊厳死」も含まれる。
普通に考えれば何の問題もない。
自分の命なんだから、管だらけになっても生きたい人は生きればいいし、
そうでない人は、死を望む権利があっても今の時代はおかしくない。
語弊はあるにしろ、こんな感じの考え方の人が多いと思う。

ただ、ここで問題になるのは『自己決定ができない人』。
精神疾患や障害をもつ人。
この場合、基本的には親が彼らの意思を代わりに表明する。
となると、彼らの命は保護者に託されてしまう。
これではとうてい『自己』決定とはいえない。

また、自己決定といいながらも、厳密には自分の意志でないこともある、ということ。
年老いた親が、我が子が看病にいそしむ姿や、経済的に困窮する姿を見て
はやく楽にしてあげたい、自分も楽になってしまいたいと
死を望む姿が見られる。
これは、最終的には本人の意思だけれども、
まわりに気を使った結果で、本人の生き物としての
「生きたい」という意思が押し込められてしまっている、という主張。

なるほろ。
もっと自由に、意思にそった医療をというのが最近の流れっぽいけれど
自由が増えれば増えるほど、意思を表明できない人間、その周囲の人間が
めんどくさい目に遭う。気づきませんでした。

あと今日のうちにもひとつ。
この先生方いわく、「死」と「死ぬ」には違いがあると。
「死ぬ」は「生まれる」の対極点にあり、
生理学的に言えば、
その心臓が止まったってときや、脳死の場合は脳幹の働きがなくなったってときのこと。
つまり時間軸上に点として乗っかる。
でも、「死」は、点では表せないらしい。
死んだ人の人格や肉体や、思念、すべてが
失われてはじめて誰かの心に何かを残して、
ああ、あの人は自分にこんなことを教えてくれたんだ、とか
じゃなけりゃ、あんなやつ死んじまってよかった!とか
どんなもんでもいいから他人の心に響く、つまり共鳴してこそ
できあがるんだそうで。
それが前著の「死は共鳴する」って意味…なのかな。
情けないことに私の読解力はこんなものです。。。

こうやってみてくと、ほんとに医療問題深く突っ込んじゃうと
どうしても宗教とか哲学とか思想とか、そっちいっちゃうのね。
でも別に1つにはまらなきゃいいわけで、
そこそこ広く浅く知識がないとキツそうだってことがわかりました。
前もこんなこと言ってた気もしますすいません私育ってない!

明日後半書くか…。おやすみ。


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無題
死と向き合う機会って普段はありませんね。
さーさんの場合は嫌でも向き合うことになるので、
時には人一倍辛く感じることでしょうね。

我々は昨日、今日、その前、あるいは数日語を
当たり前に生きている気がしますよね。
それにしてもこのタイトルは強烈です。
はりねずみ URL 2010/01/05(Tue)17:59:19 編集
お返事→はりねずみさん
特に産婦の場となると
癌も多いですし
赤ちゃんの死となると
よけい辛いところも多そうです。
薄っぺらい人間からなんか慰められても
傷をえぐってしまいそうです。
せめて本かなんかで学ばないとなーと思います。

題名は、読んでいるうちにそういうことね、と思える部分も。
更新延びちゃいましたが明日あたりも読んでいただけたらうれしいです。
さー 2010/01/06(Wed)01:13:15 編集
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